未公開シナリオ
夢見る異端児の雨物語
1話
春姫
──五月雨の、
帳の彼方、
会えぬきみ。
満ちる想いに、
溺れ沈みて。
ベル
え、春姫さん……?
エイナ
『和歌』ですね。極東でよく嗜まれるという。
春姫
ええ。梅雨で外に出られない憂鬱な日々、
恋人に会えない寂しさを詠んだ詩でございます。
ベル
梅雨っていうのは……?
春姫
ああ、極東の雨季のようなものと
お考え頂ければ。
春姫
……窓の外の、今にも雨が降り出しそうな
梅雨曇を見ていたら、つい……。
エイナ
短い言葉の中に、溢れんばかりの情緒が込められてて。
とても素敵な詩ですね。
春姫
はい。オラリオに来たばかりの頃など、雨が降る度
この詩を思い出しまだ見ぬきみに想いを託したものでございます。
ベル
そうだったんですね。
エイナ
――はい、こちらも提出書類の確認は終了です。
どれも問題なし……ありがとうございました。
ベル
あ、いえ。ギリギリになっちゃってすいません……。
エイナ
ううん。期限前に出してくれるだけありがたいよ。
みんないくら催促しても、なかなか出してくれないんだから。
ベル
あはは……冒険者の人達って、
書類とかそういうの苦手そうですもんね……。
ベル
──春姫さん、この後どうしましょうか?
春姫
そうですね。
もし、お時間あればお買い物などに──
春姫
──あっ!!!!!
ベル
ど、どうしました!?
春姫
あの、本拠地の洗濯物が
干したままでございました!
ベル
っ……!!
雨が降らない内に早く帰りましょう──
??????
待て……。
春姫
はわわっ!?
虚空から声が……!
ベル
……もしかして、フェルズさん!?
フェルズ
ああ。人目につくわけにもいかないからな。
魔道具で身を隠している──
フェルズ
冒険者依頼だ、ベル・クラネル。
至急、ダンジョンへ同行してもらいたい。
ベル
……フェルズさん。
この辺りなら、周りに誰も。
フェルズ
──ああ、突然すまない。
君達がギルドにいると知って声をかけさせてもらった。
ベル
それで、冒険者依頼って……。
フェルズ
ああ。その話だが──
春姫
そわそわ……そわそわ……。
フェルズ
……どうかしたか? サンジョウノ・春姫。
春姫
あ、あの。地上は今にも雨が降りそうな曇り空だったので、
洗濯物が濡れてしまわないかと……。
フェルズ
雨……か。
フェルズ
今回の冒険者依頼は、まさしく
その『雨』にまつわることだ。
春姫
え……?
フェルズ
依頼主は――
フェルズ
ウィーネ、そしてリド達、異端児だ。
ベル&春姫
っっ!?
フェルズ
詳しくは、本人達から直接聞いて欲しい。
可能であればこのまま隠れ里へ向かいたいのだが。
ベル&春姫
行きますっ!!
フェルズ
助かる……やはり君達に声をかけてよかった。
ウィーネ
あ~めあ~めふれふ~れ、もっとふれ~!
うふふっ、あはははははっ!!
ウィーネ
ベル……ほんとうに来てくれるのかな……。
春姫
これは、梅雨降る季節の、
雨など降るはずもないダンジョンでのささやかな物語。
春姫
立ち塞がる種族の壁など飛び越えて。
溺れる程の、深き想いを胸に抱き──
春姫
決して交わり合うことがなかったはずの運命は、
惹かれ合うまま、今一度、交差したのでございます。
2話
ウィーネ
ベルッ!! 春姫っ!!!
ベル
ウィーネ!!
ウィーネ
ベル……ベル! ベル!
ベル
元気そうで、良かった……。
春姫
まさかこのような形で、再会が叶うとは……
春姫はっ、春姫はっ……嬉しゅうございます!!
ウィーネ
えへへっ! わたしもうれしい!
春姫っ、だいすき!
リド
へへっ……早速、宴会でもするか?
再会を祝して、派手にやろうぜ!
レイ
地上の方を呼びつけておいて、なにを悠長に。
ベルさん達も忙しいでしょうし、あまり時間を取らせては……。
リド
なーに恰好つけてんだよ! ベルっちが来るって聞いて、
ウキウキで羽根の手入れとかしてたくせによ~!
レイ
なっ……!!
ウィーネ
うんっ! うきうきでお歌も歌ってたよ!
あれって、『こい』の歌だってマリィが言ってた!
レイ
そそそ、それはっ……!! た……たまたまですっ!
変なことを言わないでくださいウィーネ! 私は……その……。
ベル
あはは……やっぱりみなさん賑やかですね。
ウィーネ
うんっ! みんなベルたちに会いたかったの!
春姫
あら……ウィーネ様、その服は……?
雨合羽でございますか?
ウィーネ
えっとね。ラウラが作ってくれたの!
えへへ~。春姫、にあってる?
春姫
はい。とーーーーってもお似合いでございますっ!
春姫
雨の日に、無邪気に水たまりで戯れる
水の精霊のようでございます。
ベル
あれ? だけどダンジョンで……雨具って?
フェルズ
ああ。雨など降らぬダンジョンにおいて本来ならば不要なもの。
しかし……その齟齬こそ今回の冒険者依頼の要点なのだ。
ベル
へ?
ウィーネ
ねぇねぇ!
ベルは、『あめ』を見たことがあるんだよね?
ベル
ああ、うん。もちろん。
今の時期は特に、よく雨が降るし。
ウィーネ
わたしも見たいの!
だから……ベルたちも、いっしょに探してほしい!
ベル&春姫
ふぇ!?
春姫
『ダンジョンに降る雨』……でございますか。
リド
ああ、ダンジョンのどこかに、
地上みてぇに『あめ』が降る場所があるって話でよ。
リド
冒険者がそんな話をしているのを、
たまたま半人半鳥のフィアが聞きつけたんだ。
レイ
眉唾な話だとは思うのですが、それを聞いたウィーネが
興味津々で……どうしても見に行きたいと。
ベル
なるほど……。
ベル
……あれ? でも……ダンジョンの探索なら、
リドさん達だけで、問題なさそうな気もしますけど。
リド
いやー……それが、そもそもオレっち達、
『あめ』ってのを誰も見たことなくてよー。
レイ
天から水が大量に降ってくる、という話は存じているのですが。
あまりにも奇怪な話すぎて……。
レイ
皆で一晩、話し合ってみたのですが、喧々諤々、
話は明後日の方に吹っ飛び混乱するばかりで。
フェルズ
私も……何も知らぬ異端児に、
雨という事象をうまく説明できなくてな。
フェルズ
理解が得られぬどころかより場を混乱させ、
石頭ならぬ骨頭……などと罵られる始末……。
リド
ありゃお前が『くも』がどーとか、『ひょうしょう』だとか
『すいじょーき』だとか訳のわからないこと言い出すからだろ!
フェルズ
わ、私は訳が分かるよう理論的に説明しようと……!
リド
んな魔法の詠唱みたいな言葉を並べて分かるわけねーだろ!
オレっちたちはお前みたいに骨じゃねーんだからよ!
フェルズ
骨は関係ないっっ!
ベル
んー、たしかに改めて『雨』を説明しろって言われると
難しいかも……。
春姫
先ほどのレイ様が仰るように『天から大量の水が降ってくる』ですと
『滝』も似たようなものになってしまいそうですし……。
フェルズ
そういうことだ。私が幾ら言葉を尽くしたところで
彼らに理解、納得してもらうのは難しい……。
フェルズ
だが、『雨』を識る者が複数いれば、
『雨』を見つけたとき、それが雨であると複数の証言が可能だ。
フェルズ
どうだろう? 地上に焦がれ、雨を求める
異端児に力を貸してくれないだろうか?
ベル
……わかりました。僕達で力になれることがあるなら。
リド
ありがとよ! 良かったな、ウィーネ──
リド
──って、あいつ。
人に説明任せて、どこ行きやがった?
ベル
あれ、春姫さんも──
ウィーネ
春姫っ! とーっても、にあってるよ!
ベル
えっ!? 春姫さん、その恰好……。
春姫
あ、あの……ウィーネ様がおそろいの服を着たいと言って。
ラウラ様が、作ってくださいまして……。
ウィーネ
えへへ~、おそろいおそろい、うれしいなー。
リド
よっしゃ! それじゃ早速、
お目当ての場所探しでも始めるか?
レイ
しかし、探すにしてもダンジョンは広大です。
ある程度、場所は絞らないと……。
フェルズ
……となると、まずは情報収集か。
フェルズ
さっそくだが、ベル・クラネルたちに頼るのが
最も効率が良さそうだな。
ベル
え?
ボールス
──『ダンジョンに降る雨』?
あーもしかして、あれのことか? 心当たりならあるぜ。
ベル
ほっ、本当ですかボールスさん!?
ボールス
いつだかモルドが話してやがったんだが──
ボールス
なんでも19階層の正規ルートから外れた場所で、
不自然に地面が濡れてる場所を見た……。
ボールス
それこそ雨でも降った後みたいに、
水たまりがそこらにあったってよ。
春姫
っ……! ベル様!!
ベル
うんっ! きっと、そこです!
ボールスさん、その場所を教えて下さい!
ボールス
飲みの場で出た、与太話だからな。そこまで深くは聞いてねぇよ。
詳しい話は、モルドに直接聞いてくれ。
ボールス
あの野郎、狙ってるアイテムがあるとかなんとかで、
また19階層に籠ってるみてぇだからよ?
春姫
早速、貴重なお話をお聞きできましたね!
ベル
はい! 19階層なら、僕も何度か行ったこともありますし
リドさんやレイさんも詳しいでしょうから。
ベル
さっそく異端児に報告を──
ウィーネ
ベルーーーーーーッ!!
ベル
えっ!? ウィーネ!?
どうしたの、何かあった……?
ウィーネ
ううん!
あのね、ふたりに早く会いたくて!
ウィーネ
ちゃんと街のそとで待ってたよ!
春姫
ええ、きちんと皆様の言う通りにできましたね。
ぎゅー……。
ウィーネ
えへへ……春姫、あったかい……。
ベル
ウィーネ。リドさんたちも近くにいるの?
ウィーネ
うん、あっちに――
???
──ウオオオオオオオオオオオッッ!!!
ベル
っ!?
ベル
えっ!?
ベル
リドさんっ!?
リド
アアアアアアアアアアアアアアッ!!
ベル
な、なんで……! クッ……!!
3話
リド
グァアアアアアアッ!!
ベル
ッ……!
ウィーネ
リド!? どうして――!?
レイ
──静かにしてください。
ウィーネ
むぐっ!? むぐぐぐぐぐぐっ……!
むぐーーーーーーーっ!!
春姫
ウィーネ様!?
リド
アァアアアアアアアアッ!!
ベル
なんで……! もしかして、
また誰かに呪詛を……!?
リド
ベルっち、冒険者が見てる。合わせてくれ──
ベル
っ!?
冒険者A
お、おいっ!
【リトル・ルーキー】がモンスターと戦ってるぞ!
冒険者B
あれ! 地上で暴れてた武装したモンスターじゃねぇか!?
ベル
(これって……僕達が異端児と、
繋がってると思われないために──)
ベル
やああああああああっ!!
リド
グェエエエエッ!
ベル
逃げた! 春姫さん、追いましょう!
春姫
えっ!? ベル様、これは一体……。
ベル
いいからっ!
春姫
は、はいぃ!
冒険者A
な、なんだったんだ……?
フェルズ
──冒険者に、ウィーネとベル・クラネルが
共にいたところを目撃された?
レイ
ええ、ですが即座にリドが斬りかかり、敵対していると
誤認させることはできたようです──
レイ
旋回しながら彼らの会話を聞いていましたが
『武装したモンスター』に襲われていると話していましたから。
フェルズ
そうか……ならば、問題はなさそうか。
ウィーネ
ごめん……なさい……
また、ベルが危ない目に……。
ベル
……大丈夫。僕なら、平気だよ。
ウィーネ
ううん。みんなにも、18階層は冒険者がおおいから、
ちかづいちゃいけないって言われてたのに……。
ウィーネ
わたし、がまんできなくて……。
春姫
――ウィーネ様。
ウィーネ
っ! ごめ……なさい……わた、し……!
春姫
泣かないで下さいませ。
春姫はウィーネ様のそのようなお顔を見たくありません。
ウィーネ
で、でも……。
春姫
『約束』……覚えておられますか?
いつか、必ず地上で一緒に暮らすという『指切り』。
ウィーネ
っ!?
春姫
私は覚えて……いいえ、いつかその夢を叶えるつもりです。
それは、とても険しい道……。
春姫
数多の苦難もありましょう。この程度のことで挫けていては
絶対にたどり着けるものではありません。
ウィーネ
春姫……。
春姫
ですから、小さな失敗を嘆くのではなく
皆様の協力で事無きを得た幸運を喜びましょう。
春姫
笑って、前を見つめましょう。
そこにはきっと、楽しい未来が待っているはずで御座いますから。
ベル
うん……僕なんて失敗して皆に迷惑かけてばっかりだし。
今回のことなんて、そもそもウィーネは悪くもないよ。
ウィーネ
ベル……。
リド
そうそう! ちょっと運が悪かっただけだって!
それもオレっちの迫真の演技で、なんとかなったしな!
レイ
リド……自分で『迫真』などというのは
少々自画自賛がすぎるのでは……?
リド
えぇ!? オレっちがダメ出しされんのかよぉ!?
そりゃねぇだろ!?
ウィーネ
…………ふふっ。
ベル
行こう、ウィーネ。
『ダンジョンに降る雨』を探しに。
春姫
ええ、行きましょう。こうして、ひとときだけでも
共にいられる機会を得たのですから。
ウィーネ
うんっ!
4話
レイ
………………。
レイ
……冒険者らしき反応は、この辺りではありませんね。
水が落ちるような音も、特には。
春姫
そんなことまで分かるのですか?
フェルズ
レイの声と耳の賜物だ。反響定位は、
超高周波の反響音で地形や対象物の位置を特定するものだからな。
春姫
ふぁぁ、凄い能力でございますね。
レイ
何者かが近づいてきたらすぐご報告いたしますので。
安心してお進みください。
ベル
──ほら、ウィーネ。大丈夫だから、こっちに来て。
手を繋ごう?
ウィーネ
う、うん……でも……。
春姫
ウィーネ様……やはりまだ、
先ほどのことを気にされているのでしょうか……。
レイ
頭のいい子ですから……先程のようなことが、また起こらないよう
皆さんに近づきすぎないよう慎重になってしまっているのかも……。
春姫
──あ、あのみなさま! 少々よろしいでしょうか!
リド
ん? どうした?
春姫
歩き回ってお腹も減ってきた頃合い……この先で、お昼ご飯を……
いえ。あの、『ぴくにっく』をいたしませんか!?
リド&ウィーネ
ぴく……にっく……?
春姫
地上には──天気の良い日など、皆で外にお出かけして、
自然豊かな場所でお弁当を食べる習わしがあるのですが。
春姫
極東では野掛け……
神々の言葉では『ぴくにっく』と言うようでして。
リド
オレっち達の、宴会みたいなものか!?
そりゃあ、楽しそうだな! な、ウィーネ?
ウィーネ
…………。
春姫
レイ様に、食材を融通していただき、
未熟者ながらお弁当を用意させていただきました。
春姫
どうかみなさま、
こちらをお召し上がりくださいませ。
ウィーネ
わっ……いいにおい……。
春姫
ほとんどは、ダンジョンで採れる食材を使った
料理でございますが──
春姫
そちらの出し巻き卵だけは、リヴィラで買った
地上の卵を使った自信作でございます。
ベル
ほら、ウィーネ。食べよう?
ベル
……あーん。
ウィーネ
あーん──
ウィーネ
っ!!!!!!!!!!!!!!!
ウィーネ
おいしいっ!!!
春姫
ええ、どんどん食べてくださいませ。
リド
なぁ、オレっちも食べていいか!?
そっちのも、うまそうじゃねぇか!
春姫
もちろんでございます。たくさん作りましたので。
レイ
これが地上の味……ですか。
レイ
普段見慣れた食材であっても、地上の『調理』というもので
こんなに味わい深いものとなるのですね……。
レイ
……春姫さん、この食べ物の作り方を
後で教えていただけませんか?
春姫
もちろんでございます! ほとんど命様の受け売りございますが……
私にお教えできることであれば、いくらでも!
ウィーネ
ベル! わたしも、あーんしてあげる!
はい、あーん!
ベル
はは……ありがとう、ウィーネ。
フェルズ
……ふっ。
リド
なんだ、お前も食いたいのか?
オレっちが、あーんしてやろうか? ほら、あーん──
フェルズ
できるかぁっ!
舌も胃もないのだぞ!?
リド
なんだよ、これだから骨はよー……
フェルズ
骨骨言うんじゃないっ!
ウィーネ
えへへっ!
『ぴくにっく』って、とってもおいしいくて、たのしいね!
ベル
うん。そうだね、ウィーネ。
春姫
ふふ……やはりウィーネ様は、笑顔が一番お似合いでございます。
5話
春姫
こんっ!?
ウィ、ウィーネ様がいない!?
リド
ん? さっきまでその辺、走り回ってたぜ?
ベル
はは……そこの木の陰にいる、よね?
ウィーネ
……ばぁ! みつかっちゃった!
ベル、すごーい!
春姫
ほっ……かくれんぼでございますか。
レイ
すっかり機嫌も戻ったようです……
これも、春姫さんの『ぴくにっく』のおかげですね。
リド
しかし、その『ぴくにっく』っつーのはよ。
みんなで集まって飯を食うだけなのか?
ベル
んー、他にはキノコや山菜を採ったり……
後は、鹿や猪を狩って、煙で燻して燻製にしたり……とか?
春姫
そこまでいくと神々の言う『さばいばる』では……!?
ベル
えっと……お祖父ちゃんからは
そう教えてもらったんですけど……
ウィーネ
春姫は、どーいう『ぴくにっく』してたの?
春姫
えっと……そうですね。幼少の頃は、先ほどのウィーネ様のように
皆でかくれんぼをしたり、後は、お花を摘んだり……。
春姫
ああ、命様や千草様とお花の冠を作って遊んだ一時などは、
今でも記憶に残る楽しい思い出でございます。
ウィーネ
おはなのかんむり! わたしも、つくりたい!
春姫
ええ。春姫も、そのような思い出、
ウィーネ様と紡ぎとうございます。
春姫
しかし……大樹の迷宮には、
草木は生えていますが美しい花々は見当たりませんか……。
リド
一時期暴れ回ってた食人花のモンスターとか、
どっかにいねぇかな? あれならでっかいの作れそうだぜ!
ベル
さ、さすがにモンスターの花は……。
春姫
後は──あっ!
うららかな日差しの中、皆でお歌を歌ったこともありました。
春姫
命様も千草様も、タケミカヅチ様も……歌声をひとつに心を通わし。
あれは、とても楽しゅうございましたね……。
ウィーネ
おうた!! うたいたい!
ベル、うたおう!
ベル
いっ!? 歌!?
ウィーネ
……ダメ、なの?
ベル
……えっと。ダメじゃない、かな。
いや、みんなの前で歌うの……ちょっと恥ずかしいけど。
ウィーネ
レイもリドも、うたおう!
レイ
……仕方ありませんね。
リド
よしっ! じゃあ最近、お前が歌ってた恋の歌でも歌うか?
あれってベルっちのこと──
レイ
おだまりなさいっ!!
アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
リド
どわあああああぁぁっっ!?
ウィーネ
えへへ、フェルズもうたお!
フェルズ
私が……歌を? 声帯もなく、骨を震わせ
かろうじて言葉を紡ぐだけの私に? それはさすがに無茶振りが――
ウィーネ
ジ――――――――――……
ダメ、なの?
フェルズ
ぐっ……やめろっ! そんな落胆の眼差しで私を見るな!
いたいけな少女のそれは、下手な攻撃魔法よりも心に刺さる!
ウィーネ
ジーーーーーーーーーーーー……。
フェルズ
わかった! 共に歌う!
骨を惜しまず全力で歌わせてもらおう!
ウィーネ
やったー! ありがとフェルズ!
ベル
あはは……元賢者でも、
ウィーネには勝てないんですね。
春姫
みなさんウィーネ様のことが大好きでございますから。
ウィーネ
ねぇねぇ! どんな歌歌うの!?
春姫
ああ、それでしたら極東に伝わる童謡で、
ちょうどいい雨の歌がありまして──
ベル
あの……でも、ダンジョンで歌なんて
歌って大丈夫なんでしょうか?
フェルズ
それなら心配ない。
レイもマリィもよく歌っている――
フェルズ
なにより、この階層のモンスターで、強化種の声を聞いて
襲ってくるモンスターなどいないだろうしね。
ベル
あ……なるほど。
春姫
──レイ様の美しい歌人鳥の歌声と、
照れながらもウィーネ様のために必死に歌うベル様の歌。
春姫
リド様の荒々しい歌に、フェルズ様の骨々しい歌──
春姫
それに私の歌と、史上最強にかわいらしいウィーネ様の
歌がひとつとなった合唱が大樹の迷宮に響き渡りました。
春姫
その調和は、まるで、私達と異端児の、
幸せな未来を予感させるような楽し気な歌となり──
春姫
恐ろしいダンジョンにおいて、
束の間の安息を、与えてくれたのでした。
レイ
──っ!? これは!?
春姫
どうなさいましたか、レイ様!?
レイ
冒険者らしき鎧をまとった者達の反応が……
ひとつ……ふたつ。こちらに向かってきています。
ベル
もしかして……モルドさん!
リド
ああ! オレっち達は、そこらに隠れてるから
ベルっち! 頼んだぜ!
6話
モルド
ったく! なんだこりゃ……
全然、効果がねぇじゃねぇか!
モルド
クソッタレ……全部、まとめて仕掛けてみるか。
冒険者C
大丈夫なのか? あの犬人は、
絶対にひとつずつ使えって言ってたぜ?
ベル
──モルドさんっ!!
モルド
あ? 【リトル・ルーキー】じゃねぇか……?
こんなところで何やってんだ?
ベル
あのっ、モルドさんを探してて。
見つかって、良かったです……。
モルド
俺を探して、わざわざ19階層に?
しかもひとりで、よくここまで来られたな。
ベル
その……モルドさんにどうしても聞きたいことがあって……。
モルド
ん? 頼れる兄貴的存在の、
俺にしか聞けないこと? そりゃあ……。
モルド
わかったぜ! 女絡みのアレコレだな!? おうおう、任せやがれ!
酸いも甘いも極めた俺様が、たっぷり仕込んでやるぜ! ガハハッ!
冒険者C
頼れる兄貴とか、言われてねーだろ……
お前、どんだけ【リトル・ルーキー】のこと好きなんだよ……。
ベル
えっと。そういう相談じゃなくて……ちょっと、
今受けてる冒険者依頼についてなんですけど──
ウィーネ
あの人とベル……なかよしなんだね!
春姫
はい。かつては、衝突したこともあったようですが、
今では何かと良くして頂いているようです。
ウィーネ
わたしもベルや春姫のお友達と、なかよくなりたい!
春姫
ふふ、そうでございますね。地上には、
ウィーネ様にご紹介したい素敵な方々が沢山いますから。いつか──
モルド
──ダンジョンで『雨が降る場所』ぉ?
モルド
あー……そういや、それっぽい場所見たっけか。
そりゃ教えてやってもいいけどよ──
フロッグシューターA
ゲロ……。
フロッグシューターB
ゲロゲロ……。
冒険者C
おっ、おい!
お目当てのモンスターが出て来たぞ!
モルド
おぉ……ようやくツキが回ってきやがったぜ!
おめぇが来たからかもな、ベル!
冒険者C
だけど見てみろ!! 次から次へと……
あの『誘引袋』の効果か、こりゃ?
ベル
『誘引袋』……?
モルド
おう、【ミアハ・ファミリア】で買った新商品だ。
モルド
こいつらのドロップアイテム狙いで持って来たんだが、
効果がイマイチでよ。全部さっき使っちまった。
ベル
ナァーザさんが作った……?
それなら『強臭袋』も効果覿面でしたし──
フロッグシューターの群れ
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲローーーッ!!
冒険者C
いやいやっ! いくらなんでも湧きすぎだろ!!
こんなんちょっとした怪物の宴じゃねぇか!
モルド
チッ……!! 迎撃するぞ!
おい、【リトル・ルーキー】! 手伝え!
ベル
はっ、はいっ!!
7話
フロッグシューターの群れ
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……
冒険者
やべぇ、また増えやがった!
モルド
クソッタレッ! 処理しきれねぇぞこりゃ……!!
ベル
モルドさんっ、後ろ……!!
フロッグシューター
ゲコーーーーーーーーッ!!
ウィーネ
ダメーーーーーーーーーーーッ!!!
ウィーネ
──えいっ!
ベル
……っ!? ウィーネ!?
モルド
ん? どうした……?
リド
わりぃな──そらっ!!
モルド
ぐほぉっ!!
冒険者C
なっ!? おいっ、モルド──
フェルズ
──すまない。
しばらく、眠っていてもらうぞ。
冒険者C
げほぉっ!!
レイ
ウィーネ。迂闊に冒険者の前に出てはならないと
言ったではずでしょう?
ウィーネ
だって……ベルのお友達だからっ!
ウィーネ
ご、ごめんなさい!!
また……めいわくかけて……。
リド
……ま、見られる前に気絶させたし大丈夫だろ?
ベル
うん。ありがとうウィーネ。
僕の友達を、助けてくれて。
レイ
しょうがないですね……。
とりあえず、彼等を倒してしまいますか?
ベル
はいっ!
それじゃモルドさん達が、目を覚ます前に……!
モルド
──はっ? ウソだろ?
お前ひとりで、あれを全部やっちまったってのか?
ベル
えっと……はい。
モルドさん達が気絶した後、頑張って……。
冒険者C
とんでもねぇな……
これが【リトル・ルーキー】の実力かよ……。
ベル
後はこれ……モンスターのドロップアイテムです。
モルド
い、いいのか!? 今の時期……この皮は、
雨具の材料になるとかで、相当高値で売れるんだぞ?
ベル
はい。その代わりに……
その……『雨が降る場所』を教えて貰えると……。
モルド
ああ。そういや、そんなこと言ってたな。
モルド
お安い御用だっ! よっしゃ!
教えてやっから耳の穴かっぽじってよぉく聞きやがれ!
春姫
──こちらをまっすぐ進めば、
モルド様にお教えいただいた場所でございますね。
ウィーネ
あめ~! あめ~! たのしみ~!
リド
雨……か。なぁなぁ、ベルっち。
ベルっち的に、雨ってどんな感じなんだ?
ベル
えっと……やっぱり改めて説明するってなると、
難しいんですけど……。
ベル
小さい時、雨がずっと降らなくて、
麦畑が枯れちゃいそうになってたことがあったんです。
ベル
だけど夏も終わりに近づいたあの日。雨が降って、
おじいちゃんも僕も大喜びで。次の日には、麦が元気になってて。
ベル
なんかとっても……精霊の奇跡とか、そういう……
英雄譚に出てくるような、すごいもののように思えたことがあって。
ウィーネ
んーーーー……
あめは、いのち……つくるの?
ベル
……うん。そうかも。
ウィーネ
あめ、すごーい!!
えへへ、はやく見たいな、さわりたいな~。
春姫
豊穣を生む、恵みの雨……でございますか。
春姫
ふふ、洗濯物を干せないなどという細かな不便が先立ち、
すっかり雨の大切さ、忘れておりました。
ベル
僕もです。でも、こんなに雨を楽しみにしてる、
ウィーネたちを見てたら──
レイ
っ!! ベルさん……!
レイ
この先から……細かな水が地面に落ちるような反応が!?
これが、まさか……?
ベル
それです!
ベル
行こう──ウィーネッ!
ダンジョンの、雨を見に!
ウィーネ
うんっ!!
8話
ウィーネ
これが……あめ……?
春姫
……はい。
空こそありませんが、かぎりなく雨に近いものかと。
ベル
ダンジョンに降る雨……
なんだか……すごい光景ですね。
春姫
ええ。とても神秘的な光景でございますね……。
レイ
しかし……水の迷都でもないのに、
何故このように大量の水が、天井から……?
フェルズ
この広間の天井は有孔の岩盤のようだ。無数の細かい孔から
18階層の泉の水が染み出し、落ちてきている……?
フェルズ
しかし、まるで意図的に地上の雨を再現しているかのような光景……
ダンジョンは、なんのためにこのような場所を……?
ベル
本当に……ダンジョンって、不思議な場所ですね……。
ウィーネ
きれい……! とってもきれい!
わーーーーーーーーーいっ!
春姫
ウィーネ様!?
びしょびしょになってしまいますよ!?
ウィーネ
これ着てるからだいじょーぶ!
えいっ!
春姫
はわわっ、みずたまりのなかに飛び込んで……!
ウィーネ
あはははははっ! あめ、きもちいー!
リド
──よっしゃ、オレっちも!
リド
確かにっ! しゃわしゃわで、ひんやりして、
すげーいいな、あめっ!!
レイ
もう、貴方まで一緒になって……。
リド
だってよ。これ……
ちょっとだけでも、地上にいる気分を味わえてるんだぜ?
リド
そう考えたら、最高じゃねーか!
ははっ、つめてーな、おい!
レイ
………………。
ウィーネ
ちじょうのおそら、すごいね!
ウィーネ
レイ……こんなあめの中、おそらを飛んだら、
きっときもちいいよ!
レイ
これも……地上の空のもうひとつの顔……。
リド
そうそう。地上のお日様の中を飛ぶのが夢なんだろ?
お日様も最高だろうけど。きっと雨の中も最高だぜ!
レイ
ふふっ……まるで全てが洗い流されていくようで。
確かに、悪くなさそうですね。
ウィーネ
わーい! あめあめ~!
ベルと春姫も、いっしょにあそぼー!
ベル
春姫さん……行きましょうか?
春姫
ええ、そうでございますね。
ウィーネ様との……新しい思い出を作りに。
ウィーネ
あはははっ! あはははははははははっ!!
ぴちゃぴちゃ、ちゃぷちゃぷ! たのしいな!
ウィーネ
見たこともないのに、なつかしい……
そんな変な場所。
ウィーネ
大きな木の下で、あめのおとに耳をすまして。
あまやどりをしてたの。
ウィーネ
ずっとずっとながいあいだ、まちつづけてたら……。
ウィーネ
どこからかわたしの名前を呼ぶ、大切な人の声が聞こえてきて。
わたしは走ってく。
ウィーネ
あめは、いつの間にかやんでて。
晴れた空に『にじ』がかかってて。
ウィーネ
大切な人は、ズブ濡れのわたしを拭いてくれて。
とってもとってもしあわせで……。
ウィーネ
あれ? でも……『にじ』ってなんだろう?
とってもすてきなものなのに、わからないの。へんなの──
ウィーネ
うーん……むにゃむにゃ……。
春姫
ふふ、すっかり熟睡されてらっしゃいますね。
リド
もう地上に戻るんだろ? そろそろ起こすか?
ベル
ううん。いっぱい遊んで、疲れてるだろうし……
もう少しだけ……寝かせておいてあげて。
ベル
それじゃ、僕達は地上に……あの、
また異端児と会えて楽しかったです。
レイ
こちらこそ……とても。
お忙しいところ、本当にありがとうございました。
ウィーネ
ベル……春姫……ありがとう……
また……ぜったい……むにゃら……むにゃら……。
リド
ははっ、ウィーネのヤツ。
夢の中で、お別れしてやがる!
春姫
……ウィーネ様。必ず、また会いに参ります。
ベル
うん。それに、願いを叶えるに足るだけの力を手に入れて。
必ず、僕らが一緒に暮らせる居場所、作るから。
ベル
その日を待ってて……ウィーネ。
リド&レイ&フェルズ
………………。
ウィーネ
くぅ……ベルぅ……。
ベル
ウィーネ──またね。
END