未公開シナリオ

「ふたりの迷宮都市学園」

/ 8話

1話 「はじまりの季節」

フィルヴィス

……遅すぎる。

フィルヴィス

あいつから誘って来たと言うのに、
初日から遅刻とは……

レフィーヤ

フィルヴィスさーーーん!

フィルヴィス

来たか……まったく。

レフィーヤ

ハァハァ……すみません!
出掛ける直前になって制服の靴下が見つからなくって!

フィルヴィス

前日に準備を済ませておかないからそうなる。
私は寝る前に全ての支度を終わらせておいたぞ。

レフィーヤ

え? そんなにちゃんと準備してたんですか?
制服をしっかり折り畳んで、枕元に置いて……みたいな?

フィルヴィス

……そうだが。問題か?

レフィーヤ

いや、問題じゃないですけど……ふふふっ。
ちょっと、カワイイなと思っちゃいまして。

フィルヴィス

ッ!?

フィルヴィス

……くだらん。
やはり今からでも帰らせてもらう!

レフィーヤ

あああ~、ごめんなさいごめんなさい!
怒らないでください、フィルヴィスさ~ん!

フィルヴィス

わかったからひっつくな! とっとと行くぞ。
遅刻したら、先生とやらに怒られるんだろう?

レフィーヤ

そうなっちゃいますね。ふふふっ。

フィルヴィス

何を笑っている?

レフィーヤ

いや、楽しみだなぁと思って。

レフィーヤ

今日から私とフィルヴィスさん、
ふたりの「学園生活」――

レフィーヤ

――『アオハル』な日々が始まるんですから!

フィルヴィス

なんだその言葉は? 
私の知らない言葉を使うな……って待て! 置いていくな!

レフィーヤ

はやくはやく!
遅刻しちゃいますよ、フィルヴィスさ~ん!

場面転換

フィルヴィス

……『学区』、だと?

レフィーヤ

はい! フィルヴィスさんもご存じですよね?
『学区』というのは通称ですけど。

レフィーヤ

「『探求への礎』を育むこと」を理念とし、
あらゆる種族の才ある若者が集まって学ぶ教育機関。

フィルヴィス

お前もそこの出身だったろう。
狭き門を通過して定員の椅子を勝ち取った勝ち組エリートだ。

レフィーヤ

そ、そんなんじゃないです!
私の場合は運が良かっただけで……

レフィーヤ

とにかく、その『学区』をモデルにした教育機関を
オラリオの街に作りたいというのがギルドの考えらしいんです。

フィルヴィス

『オラリオ版学区』……か。

レフィーヤ

はい! といっても実際の学区とはだいぶ勝手が違いますけど。
ギルドとしては、オラリオの冒険者全体の能力向上が目的なので。

フィルヴィス

まぁオラリオで一番の「特産物」は冒険者だからな。
その援助サポートをするのはギルドとしても理にかなっているか。

レフィーヤ

授業は強制参加ではありません。
生徒はそれぞれ自分が学びたい教科を選べる選択式。

レフィーヤ

自分に足りないもの、興味があったこと、この機会に始めたいこと……
ギルドがその専門分野の先生を用意して授業をしてくれるんです!

フィルヴィス

「学校」というより「私塾」に近い形式だな。
それにお前は参加したいのか?

レフィーヤ

はい! この機会に学んでみたいことがありまして。
それで、フィルヴィスさんも一緒にどうかなって……

フィルヴィス

私が新たに学びたいことか……

レフィーヤ

………………

フィルヴィス

日々の研鑽は私なりに行っている。
今から見も知らぬ誰かに教えを乞いたいとは思わん。

レフィーヤ

そう……ですか。

フィルヴィス

……………………

フィルヴィス

……ただ、【ディオニュソス・ファミリア】の団長としてならば、
学んでみたいことはある。

レフィーヤ

な、なんですか!?

フィルヴィス

……私は華やかな場や人が集まる場が、苦手だ。
だがディオニュソス様はああいう御方なので社交の場がお好きでな。

フィルヴィス

もしもそういった場での正しい立ち振る舞いを学ぶ機会があれば
何の憂いも無くあのお方と催しに参加出来るかもとは……

レフィーヤ

いいじゃないですか! 凄くいいと思います!
そういうのを学ぶのが正しく今回の学園の目的なんです!

レフィーヤ

確か『社交界のマナー』を学ぶ授業はあった筈です!
この機会に勉強してみましょうよ、フィルヴィスさん!

フィルヴィス

……お前がそこまで言うなら、参加してみるか。

レフィーヤ

やった~! 嬉しいです!
これでフィルヴィスさんと私は同級生ですね!?

フィルヴィス

何をそんなに盛り上がっているんだ……

レフィーヤ

あ、そうと決まったらこうしちゃいられません!
早速作りに行きましょう!

フィルヴィス

作りに? 何をだ?

第2話へ続く
/ 8話

2話「彼女が制服に着替えたら」

レフィーヤ

フィルヴィスさ~ん? もう大丈夫ですかー?

フィルヴィス

ま、待てっ。もう少しだけ待てっ。
服の構造が、よくわからんっ……!

フィルヴィス

このリボンは、どう付ければいいんだ?
くっ……なんでこんな格好をしなければ……

レフィーヤ

とりあえず見せて貰っていいですか?
もし着方が間違ってたら教えますから!

フィルヴィス

い、いやっ、待て……

レフィーヤ

もう待てません!
はいっ、じゃんじゃじゃーーん!

フィルヴィス

~~~~~~~~ッッ!?

レフィーヤ

わぁ! カワイイですよ、フィルヴィスさん!

フィルヴィス

だ、黙れっ。何故かとても気恥ずかしいぞ、この服は……
本当に『学区』ではこんな制服を着ているのか?

レフィーヤ

ちょっと意匠は変わってますけど。
そこはほら『オラリオ版学区』独自の味付けじゃないですか?

フィルヴィス

本当にちょっとなのか?
神々おかしなそんざいの匂いを感じるぞ……

レフィーヤ

あー、幾柱かの神様は『オラリオ版学区』に出資しているそうですし、
その趣味が含まれている可能性はあるかもしれませんが……

フィルヴィス

そら見ろ! やはりおかしいだろう!

レフィーヤ

見慣れないから気になってるだけですよ。
実際に『学区』に通っていたから私は気にならないですし。

レフィーヤ

それに、実際に学園が始まれば私とフィルヴィスさんだけじゃなくて
みんながこの服を着て生活するんですから。

レフィーヤ

むしろ普通の服の方が目立っちゃいますよ。
制服っていうのはそういうものです。

フィルヴィス

むぅ……なるほど。
まぁお前がそう言うなら……。

レフィーヤ

はい! 安心してください!

場面転換

フィルヴィス

――――そう言っていたよな、レフィーヤ?

フィルヴィス

……どういう事だッッ!?
私達以外誰ひとり制服など着ていないじゃないかッ!

レフィーヤ

あ、あれ~? おかしいですね……

レフィーヤ

確かに入学願書には
「私服・制服どちらでも通学は可能」と書いてはいたんですけど……

フィルヴィス

初耳だぞ!?
それなら慣れた服を着るに決まっているだろうが!

レフィーヤ

えー!? その意見に私は真っ向から反対です!
こういう機会なら絶対カワイイ制服は着たいでしょう!?

レフィーヤ

今しか着れない特別な服を着るのって楽しいじゃないですか!?
私はみんなそう思うだろうなーって考えてたから!

フィルヴィス

お前の乙女的感性など知らん!
私としてはただ悪目立ちしている事が問題なのだ! 見ろ!

フィルヴィス

『わ~、見てみて。本当に制服着てくる人っているんだぁ~』
『なんてゆーかぁ、超気合い入ってます!って感じぃ?』

フィルヴィス

『ちょっと真面目な生徒アピールに入ってなぁ~い?』
白巫女マイナデスってそういうタイプだったんだ。いっが~い』

フィルヴィス

とか! 言われているような! 気がする!

レフィーヤ

も、妄想は抑えてください、フィルヴィスさん……

フィルヴィス

実際注目はされているだろう!?
私は悪目立ちするのは御免だ!

レフィーヤ

大丈夫ですって。何日かしたらみんなきっと慣れますから。
それより早く教室に行きましょう。

フィルヴィス

くっ……。
そう……だな、ここにいて目立つよりは……。

フィルヴィス

……なるべく隅の座席を確保して永遠に寝たふりでもしていれば
話しかけられる事もないし目立たず学園生活を送れる、か。

レフィーヤ

えーと……フィルヴィスさんらしい、
といえばらしいんですかね……?

フィルヴィス

教室は確か2階だったな。

レフィーヤ

あ、私とフィルヴィスさんは違いますよ?
別々の教室です。

フィルヴィス

そう……なのか?

レフィーヤ

取っている授業が違うんだから当たり前じゃないですか。
それじゃまた後で! 授業が終わったら合流しましょうね!

フィルヴィス

あ……

フィルヴィス

ひとりで耐えられるのだろうか、私は……

第3話へ続く
/ 8話

3話「儀礼と教室」

冒険者A

おいおい、見ろよ。【死妖精バンシー】じゃねえか。
随分と気合いの入った格好で来てやがるな。

冒険者B

受ける授業間違ってるんじゃねえか?
この授業は『社交界で通じるマナーと礼儀作法を学ぶ』って内容だろ?

冒険者A

死妖精バンシー】に必要な勉強とは思えねえなあ!
ガハハハハハハ!!

フィルヴィス

(ぐっ……ここは耐えなければ……
 本当は言い返したい……今すぐにでも言ってやりたい……)

フィルヴィス

(貴様らがマナーを学ぶ授業にいる方が明らかに違和感だと!!)

フィルヴィス

(だがここで悪目立ちするのは本意ではない……
 ああ、早く授業が始まってくれ……)

アスフィ

皆さん、おはようございます。
この授業を担当しますアスフィ・アル・アンドロメダです。

アスフィ

今回の『オラリオ版学区』はあくまで試験的な運用であり
皆さんと学べる期間も決して長いとは言えません。

アスフィ

それでも何か一つでも皆さんの身になればと考え
私なりに最大効率で授業内容カリキュラムを組んできました。

アスフィ

最終日である卒業試験のその日まで、
共に学び合えるような授業を作っていきたいと考えています。

フィルヴィス

卒業試験……? そんなものがあるのか?

アスフィ

ええ。全ての授業で実施されます。
合格者にはギルドから『卒業証書』が付与されます。

アスフィ

まぁ今回はあくまで試験的な運用なので、
半ば記念品のような物でしょうが、試験は本気で行いますので。

アスフィ

さて、前置きが長くなりましたが授業を始めましょう。
この授業は『社交界で通じるマナーと礼儀作法を学ぶ』事が目的です。

アスフィ

正しいマナーや礼儀作法を学ぶ事は個人の活動の幅を広げ
新たな出会いを得る絶好の機会となるでしょう。

モルド

おう! ここか! 普段はお近づきになれない
上流階級のいい女と出会う方法を教えてくれるってとこは!

アスフィ

は?

モルド

がんばって勉強して、いい女ゲットしてやるつもりだからな!
頼んだぜ、先生よぉ!

アスフィ

……………………

モルド

な、なぁ? なんか、ゴミを見るような目で
見られてる気がするんだが……

冒険者A

き、気のせいじゃないか……は、ははは……

フィルヴィス

(私はこの連中と同じように見られているのだろうか……
 ぐぅ、学びたい気持ちは本当なのに……!)

アスフィ

はぁ……まぁどういった理由であれ礼儀を学ぶのは良い事です。
では授業を始めていきましょうか。

アスフィ

まずは古来より、マナーというものがどういった経緯でうまれ
それがどう民衆に広まっていったかについて学んでいきましょう。

モルド

おいおい! なんだそりゃ!? 俺が求めてんのは
いい感じに手ぇ握る方法とか腰に手を回す口説き文句とかだって!

アスフィ

せああぁっ!

モルド

ぐはあああーーっ!

冒険者A

白墨チョークだっ! 白墨チョークが飛んできたっ!
大丈夫かモルドオオォォォッ!?

フィルヴィス

(……こんな環境で、私は何かを学べるのだろうか??)

第4話へ続く
/ 8話

4話「よく遊びよく学べ」

レフィーヤ

あっ、フィルヴィスさーん!
どうでしたか、初めての授業は?

フィルヴィス

……散々だ。

レフィーヤ

いきなりですね!?

フィルヴィス

レフィーヤには悪いが自主退学を考えている。
あの環境で何かをまともに学べるとは思えん。

レフィーヤ

ええっ、そんなにひどかったんですか!?
私の授業はまともでしたけど……

フィルヴィス

授業の内容によって生徒の質も変わるのかもしれんな。
……そういえば、お前は何の授業を取っているんだ?

レフィーヤ

へ? あぁ~、それはぁ……ヒミツです!

フィルヴィス

は?

レフィーヤ

そんな事よりこれからどうしますか!?
授業も終わったし、言っちゃえば今から放課後ですよ!

レフィーヤ

せっかくだし寄り道して帰っちゃったりしませんか!?
屋台で買い食いとかしちゃいましょうよ!

フィルヴィス

何を言っている? 夕飯には早すぎるだろう?
授業が終わったなら帰るだけだ。

レフィーヤ

えええ~!? こういう時間が学園生活の楽しみなんですよ!?
友達と寄り道してお喋りしながら歩いて帰ったりとか……

フィルヴィス

無意味な行為だ。興味が無い。

レフィーヤ

え~そんな~! 一緒に『アオハル』しましょうよ~!

フィルヴィス

だから知らない言葉を使うなと言っているだろうが!
なんなんだソレは?

レフィーヤ

『学区』で先生が言ってたんですよ。
たぶん青春を楽しもうみたいな意味で……

フィルヴィス

私は楽しみになど来ていない。
学びたいことがあるだけだ。ではな。

レフィーヤ

あっ! 待ってくださいよ、フィルヴィスさ~ん!

場面転換

アスフィ

――つまり、元々は王族や貴族のみが使っていた仕来たりが
形を変えて庶民に降りてきた名残が現在のマナーの発祥といえます。

アスフィ

こんな歴史など覚えても無意味と考える者もいるでしょうが、
様式的であるが故に何故その形式に至ったかには必ず理由があります。

アスフィ

その歴史と背景を学ぶことは儀礼の本質を理解する事に繋がります。
ただ暗記するように形式的なマナーだけ覚えても意味が無い。

フィルヴィス

ふむ……なるほど……

アスフィ

立ち振る舞いとは本質を理解しなければ必ず失敗する時が来ます。
そうならないようにするには儀礼の意味から理解する事が……

モルド

ぐおおお、がああああ、ぐおおおおお!

アスフィ

せあぁっ!

モルド

いでえええええええっ!

冒険者A

また白墨チョークがああああああ!?
モルドのデコの中心が白く染まってきてやがるぞぉ!

フィルヴィス

……先生。質問があるのだがいいだろうか?

アスフィ

おや。なんでしょう?

フィルヴィス

儀礼という観点で考えれば神々が降臨する前と後では
その在り方自体に変化があるのではないかと思うのだが。

フィルヴィス

天界で使用されている様式は無視しても構わないのか?
我々は実際に神々と接する機会も多いのだし。

アスフィ

……フフッ。

フィルヴィス

なんだ?

アスフィ

いえ、真面目な生徒もいるのが嬉しくて。
いい着眼点ですよ、フィルヴィスさん。

フィルヴィス

ふむ……

アスフィ

今質問があった通り、神々の存在は避けては通れません。
元々天界における神々の儀礼というものは――

第5話へ続く
/ 8話

5話「エルフはひとり思い悩む」

アスフィ

――では改めて説明しましょう。
フィルヴィス・シャリアさんは今回の宴に呼ばれたゲストです。

フィルヴィス

あ、ああ……

アスフィ

モルド・ラトローさんは今回の宴の主催者です。
最も紳士的な態度で彼女を迎え入れてみてください。

モルド

お、おう。紳士的だな。えーと……

モルド

よう、姉ちゃん! 目ん玉飛び出すくらい色っぽいな!
こっちで一緒に酒でも飲まねぇか!?

アスフィ

せいいっっ!

モルド

ふぎゃあああああああああ!!!

アスフィ

……失礼しました。
ここは私が代わりを務めましょう。

アスフィ

ようこそ。フィルヴィス・シャリア様。
今宵は私の宴席にご参加頂き感謝しております。

フィルヴィス

あ……その……
こ、この度は、私のような者をお招き頂き……

アスフィ

フィルヴィス・シャリアさん。
あなたはゲストですよ?

フィルヴィス

……は?

アスフィ

顔を上げましょう。もっと堂々と立ちましょう。
あなたはこの場に呼ばれるだけの価値のある人物なのです。

フィルヴィス

価値のある……

アスフィ

己の価値を己で認めてあげる事はとても大切です。
自信は貴方の背を正し、スラリと美しく立たせてくれる。

アスフィ

そうすればいつの間にか周りの目など気にならなくなる。
まずはその感覚を確かにする所から始めましょう。

フィルヴィス

なるほどな……

アスフィ

では続けましょう。
私がドアを開けて貴方を迎え入れるところから――

フィルヴィス

学べば学ぶほど奥が深いものだな……
ただ形式を覚えればいいわけではないのか……

フィルヴィス

それにしてもレフィーヤはどうした?
いつもなら先に来て待っているのに……

フィルヴィス

……何かあったのか?

場面転換

レフィーヤ

……………………

フィルヴィス

レフィーヤ!

レフィーヤ

あ、フィルヴィスさん……

フィルヴィス

探したぞ。一体こんなところで何をしている?

レフィーヤ

ああ、すいません……ちょっと考え事を。
先に帰ってもらっても良かったんですけど。

フィルヴィス

勝手なことを言うな。「毎日一緒に帰りましょうね」と
しつこく私に言ってきたのはお前の方だろう。

フィルヴィス

……で、何があった? 悩みか?

レフィーヤ

え? いや、私は別に……

フィルヴィス

悩んでなんていません、などというやり取りは要らんぞ。
お前の様子がいつもと違うことくらいは簡単に分かる。

レフィーヤ

……………………

フィルヴィス

……何があった?

レフィーヤ

えへへ、フィルヴィスさんには見抜かれちゃいますね。
実は、授業がうまくいっていなくて……

フィルヴィス

元々知らないものを学ぶのが今回の機会だろう?
うまくいかなくても当然だとお前なら理解している筈だが。

レフィーヤ

うーん……そうなんですけど……

フィルヴィス

そもそも、お前は一体なんの「授業」を取っているんだ?

レフィーヤ

えっと……実は、
「剣技」……なんです。

フィルヴィス

「剣技」、だと?

レフィーヤ

フィルヴィスさん、覚えてますか?
以前私に「並行詠唱」を教えてくれた時のこと。

レフィーヤ

私は魔導士だから攻撃と防御は捨てて、
回避に専念するべきだって。

フィルヴィス

ああ、確かに言ったな。

レフィーヤ

あの時はそのお陰で「並行詠唱」を習得することが出来ました。
でも、やっぱり、憧れみたいな気持ちもあったんです。

フィルヴィス

憧れ?

レフィーヤ

近接戦闘で前衛を張りながらの並行詠唱。
フィルヴィスさんみたいな、格好いい「魔法剣士」に。

フィルヴィス

……………………

レフィーヤ

だから、もし機会があったら、
ちゃんと「剣技」を学んでみたいって思ってたんですが……

フィルヴィス

……授業で、向いてないとでも言われたか?

レフィーヤ

あはは。そうなんです。
やっぱりフィルヴィスさんの言った通りでしたね。

レフィーヤ

動きも鈍臭いし、剣技の才は無いって。
自分でもわかっていた事ではあるんですけどね。

レフィーヤ

でも、やっぱりちょっと悔しくて……

フィルヴィス

その「剣技」の授業を担当しているのは誰だ?
どこのファミリアだ?

レフィーヤ

あ、ファミリアの方ではないんです。
ギルドが昔から懇意にしている方で由緒正しき剣術の、

フィルヴィス

ソイツが誰だか知らんが全くわかっていない!!!

レフィーヤ

え?

フィルヴィス

ソイツは、レフィーヤ・ウィリディスの事を何も知らない!!
何もかも間違っている!!

レフィーヤ

フィルヴィス……さん?

第6話へ続く
/ 8話

6話「白巫女の提案」

フィルヴィス

……まず、私は今とても腹が立っている。
何故かわかるか?

レフィーヤ

え? えーと、私が「剣技」を学びたいだけなのに、
フィルヴィスさんを無理に誘って巻き込んだ事とか……

フィルヴィス

そんな事で怒る筈がない。
むしろ誘われた事には感謝している。

フィルヴィス

私が怒っているのはな、お前が「剣技」を学びたいというのに、
まず私に声をかけなかったことだ!

レフィーヤ

ええっ? で、でも前に教えて貰った時に、
向いていないと言われたので……

フィルヴィス

状況が違うだろう。あの時は「並行詠唱」の習得が最優先事項だった。
それならば回避に専念した方が習得は早い。

フィルヴィス

そして何より、あの時のお前と今のお前では経験が違う。
お前が多くの戦いを乗り越えてきた事を私は知っている。

フィルヴィス

なのに、私以外の誰かに教えを乞うなど……

レフィーヤ

ご、ごめんなさい!
フィルヴィスさんがそんな風に思ってくれてるなんて知らなくて!

フィルヴィス

……私はお前に剣技の才が無いなどとは思わない。

レフィーヤ

え……?

フィルヴィス

鈍臭く見えるのは体が「剣士」の動きについていけないからだ。
それは魔導士として長年鍛錬を積んできたのだから当然のこと。

フィルヴィス

矯正は可能だ。無論、魔導士としての経験が長ければ長い程、
成果が目に見えづらく成長を実感できない辛い時期も長いだろう。

フィルヴィス

しかし、明確な目的があるのならば、
レフィーヤ・ウィリディスはどこまでも食らいついていける。

フィルヴィス

私はそれを知っている。
だから今のお前に剣技の才が無いなどとは口が裂けても言わん。

レフィーヤ

フィルヴィスさん……

フィルヴィス

しかしその何処ぞの教師気取りは腹が立つな。
生徒レフィーヤの特性を理解もせず芽を摘むような真似をして……

フィルヴィス

……よし、決めたぞ。レフィーヤ。
毎日、その日の授業で教わった事を私に伝えろ。

フィルヴィス

私がその内容を噛み砕いて、お前にあった訓練法を考えてやる。
私の教え通りに努力すればその教師の鼻を明かせる筈だ。

レフィーヤ

そ、それってつまり……毎日放課後に
私の為だけの「個人授業」をしてくれるって事ですか!?

フィルヴィス

まぁ、そうなるな。迷惑か?

レフィーヤ

迷惑な筈がありません! すっごく嬉しいです!
私、頑張ります!

レフィーヤ

あはははっ。なんだか
『アオハル』っぽい展開になってきましたね~!?

フィルヴィス

……だから、なんなんだその言葉は。

場面転換

レフィーヤ

せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ!

レフィーヤ

せいっ! ……ぷっはぁ~~!
つ、疲れましたぁ~~。

フィルヴィス

……なるほど。その教師が教えた素振りのやり方は
基本的な部分は抑えてはいる。だが教え方が雑だな。

フィルヴィス

まず剣の握りが重すぎる。それでは俊敏な反応は出来ない。
実践的な「剣技」とは言えん型だ。直せ。

フィルヴィス

それとお前の動きに関してだが、疲れてくると体勢が崩れ、
一層腕の力だけで振ろうとする癖がある。

フィルヴィス

それでは敵は斬れない。いついかなる状態でも
同じ斬撃を放てる者が「剣士」と呼ばれるのだ。

レフィーヤ

はぁ、はぁ……そこまでわかるんですか……?
ちょっと素振りを見ただけで……

フィルヴィス

わかるに決まっているだろう。
これでも私は「魔法剣士」だ。

フィルヴィス

さて、今言ったことを踏まえて素振り100回だ。
一度でも体勢が崩れれば最初からやり直させるぞ。

レフィーヤ

えええっ、そんなムチャな!?

フィルヴィス

「剣技」を学びたいのならこれくらい当然だ。
弱音を吐いている暇など無いぞ。

フィルヴィス

それにレフィーヤ・ウィリディスならば食らいついてくる。
私はそう思っているが、お前はどうだ?

レフィーヤ

うぅぅ~、そんなの言われたらやるしかないじゃないですか!?
意外とスパルタですね、フィルヴィスさん!

フィルヴィス

お前が出来ない奴なら言うものか。
さ、始めるぞ!

レフィーヤ

ひぃぃ~~~っ!

第7話へ続く
/ 8話

7話「ふたりの放課後」

レフィーヤ

すごいですよ、フィルヴィスさん!!

レフィーヤ

「剣技」の先生が、もう目を丸くしちゃって!
昨日までの動きとはまるで違う、なんて言われちゃいました!

フィルヴィス

そうか……早めに成果が出たなら良かった。

レフィーヤ

あのビックリしてる顔、見せたかったです!
やっぱり凄いですね、フィルヴィスさんは。

フィルヴィス

私は少し助言をしただけだ。
その教師の教えも根本から間違っている訳ではないからな。

レフィーヤ

でも、私に合ったやり方を考えてくれたのは
フィルヴィスさんですから。やっぱり教えるのうまいですよ!

レフィーヤ

前にも言いましたけど、先生とか向いてると思いますよ?
やってみたらどうですか?

フィルヴィス

馬鹿を言うな。私が誰かを導くなどできる筈がない。

レフィーヤ

そんなことないと思うんですけど……
フィルヴィスさん、意外と子供受けとかも良さそうですし。

フィルヴィス

は? 子供だと?

レフィーヤ

はい。真面目でちょっと怖く見えるけど実は優しいフィルヴィス先生。
時々子供にイタズラされて顔を真っ赤にして怒ったりとか!

フィルヴィス

随分と勝手な妄想をしているようだが、私は【死妖精バンシー】などと
言われているんだぞ。子供相手など怖がれるだけだ。

レフィーヤ

そんなことありませんよ。
子供って、意外と物事の本質を見るんですから。

レフィーヤ

きっとフィルヴィスさんが優しいことなんて、
すぐ気付いちゃいます!

フィルヴィス

……くだらん。

レフィーヤ

ダメですか? 子供達にまとわりつかれて困ってる
人気者のフィルヴィス先生の姿が私には見えるんですけどね~。

フィルヴィス

ええい、もういい! いつまでくだらない話をしている!?
さっさと素振りから始めるぞ!

レフィーヤ

あ、はいっ!

フィルヴィス

まったく……どんな未来だ。
馬鹿馬鹿しい。

場面転換

フィルヴィス

……そこまでだ。少し休憩にするか。

レフィーヤ

ぜぇ、ぜぇ……はぁ、はぁ……
もうすっかり夜じゃないですかぁ……

フィルヴィス

お前がいつまで経っても課題をこなせないからだ。
出来るようになるまで続けるぞ。例え朝までかかってもな。

レフィーヤ

スパルタすぎます……。
やっぱり先生には向いてないかも~。

フィルヴィス

お前が勝手に言い出したんだろうが……全く。

フィルヴィス

……だが、改めて聞くのもなんだが、
何故私なんかを誘ったんだ?

レフィーヤ

え?

フィルヴィス

お前に誘われなければ、先生やら授業やら、
「学園生活」とやらは私の人生には関りの無いものだった。

フィルヴィス

誘うならファミリアの連中もいただろうに。
何故私だったんだ?

レフィーヤ

うーん、何故って言われても……

フィルヴィス

おい、理由のひとつも無いのか?

レフィーヤ

フィルヴィスさんがよかったんです。
そうとしか言えません。

レフィーヤ

フィルヴィスさんと一緒に学園生活を過ごせたら
きっと楽しいだろうなとはずっと思ってたんです。

レフィーヤ

実際に『学区』にいた頃を思い出しても、もし隣に
フィルヴィスさんがいたらもっと楽しかったろうなとか……

フィルヴィス

呆れた妄想だな。
私はあんな学園に通えるような人材ではない。

フィルヴィス

あそこは、開かれた将来と未来の可能性に溢れた者が行く場所だ。
私などその真逆のような存在。似合わないにも程がある。

レフィーヤ

でも今は、私と学園に通っているじゃないですか。

フィルヴィス

…………

レフィーヤ

まぁ『オラリオ版学区』は規模も何もかも全然違いますけど。
でも学園は学園です!

レフィーヤ

自分を決めつけすぎちゃうのはフィルヴィスさんの悪い癖ですよ。
未来がどうなるかなんて、誰にもわからないんですから。

フィルヴィス

……お前にお説教をされるとはな。
レフィーヤ先生か?

レフィーヤ

い、いやいやっ、違いますよ!?
そんな偉そうなことを言ったつもりはなくて!

フィルヴィス

フ……わかっている。
さて、もう充分に休憩は取ったろう。

フィルヴィス

この『オラリオ版学区』も終わりの時期に近づいてきている。
最後に残っているのは、「卒業試験」だ。

レフィーヤ

あ……そうですね。
先生から合格を貰えれば『卒業証書』が貰えるんですよね。

フィルヴィス

私の方は恐らく問題はない。
自分で言うのもなんだが成績は悪くなさそうだからな。

フィルヴィス

だがレフィーヤ、お前が合格かどうかはまだ微妙だろう?

レフィーヤ

そうですね……フィルヴィスさんに教えて貰い始めたのも、
だいぶ時間が経ってからですし……

フィルヴィス

そこで、最後に「特別授業」だ――――私を倒してみろ。

レフィーヤ

フィルヴィスさんを!?

フィルヴィス

勿論今のお前の実力に合わせて加減はする。
だが簡単に倒せるほど手を抜くつもりはない。

フィルヴィス

私を倒せるだけの実力が身に付けば
お前の卒業は確約されたようなものだ。

フィルヴィス

レフィーヤ・ウィリディスに教えるのならば
やはり実践授業が一番効率的だからな。さて、どうする?

レフィーヤ

や、やります!
やらせてください!

フィルヴィス

ボコボコにされても音を上げるなよ?

レフィーヤ

わかってます!
じゃあ「特別授業」、お願いします!

フィルヴィス

来い!!

第8話へ続く
/ 8話

8話「いつまでも、何があっても」

アスフィ

モルド・ラトロー、不合格!!

モルド

ええええええ! なんでだああああ!?

アスフィ

自分の胸に聞いてみてください。
貴方の下品過ぎる社交術を世に出せば、顰蹙の嵐ですから。

モルド

どういうことだよぉぉぉぉぉ!?

アスフィ

フィルヴィス・シャリア、次は貴女ですが……。

フィルヴィス

……………………。

アスフィ

合格です。

アスフィ

――短い期間でしたがよく学んでくれました。
貴女はもうどんな場所に行っても恥ずかしくない淑女レディですよ。

フィルヴィス

……感謝する。貴女の授業はとてもわかりやすく興味深かった。
学ぶ楽しさを教えてくれて嬉しく思っている。

アスフィ

フフ……そう言って頂けると、
この厄介事を引き受けた甲斐がありますね。

アスフィ

卒業とは終わりであると同時に新たな始まりの選択であるとも聞きます。
貴女が学んだ成果で貴女の選択の幅が広がったと信じています。

アスフィ

何かわからない事があればまた聞きに来てください。
卒業おめでとうございます。

フィルヴィス

……ありがとう、先生。

場面転換

フィルヴィス

フ……卒業、か。

フィルヴィス

……………………

レフィーヤ

フィルヴィスさーーーん!

フィルヴィス

来たか! どうだった?

レフィーヤ

やりました! 無事合格しましたよ~~!

フィルヴィス

……そうか。良かったな。

レフィーヤ

フィルヴィスさんの「特別授業」のおかげです。
これで私も立派な「魔法剣士」ですね!

フィルヴィス

調子に乗るなよ? お前が学んだのは基礎も基礎の基礎だ。
「魔法剣士」を名乗るには鍛錬が1000年足りん!

レフィーヤ

わ、わかってますよ! ただの冗談ですってば!
そんな簡単に上級中衛職ハイ・バランサーになれると思ってませんから!

フィルヴィス

まったく……まぁ互いに無事卒業出来たのは良かったか。

レフィーヤ

フィルヴィスさんも卒業できたんですね。
『卒業証書』、貰いましたか?

フィルヴィス

ああ。ま、この紙切れにどれ程の価値があるかはわからんがな。

レフィーヤ

紙切れってことはないんじゃないですか?
一応は曲がりなりにもギルドが発行した正式な証書ですし。

フィルヴィス

今後も『オラリオ版学区』が続いていくのなら、
後々価値が発生したかもしれないが……その希望も無いしな。

レフィーヤ

え? 『オラリオ版学区』は今回限りなんですか?
そんな発表ありました?

フィルヴィス

……発表など無くてもわかるだろう。
周りを見ていて、気付かなかったのか?

場面転換

ロイマン

今すぐ報告しろ! エイナ! ミィシャ!

ミィシャ

え~と、報告しますね。
今回の『オラリオ版学区』ですが、途中退学者の数……8割以上!

エイナ

そのほとんどが授業料も未払いのままです。
大赤字ですね、コレは……

ロイマン

えええい、なんでこんな事になるのだ!?
私達は冒険者どもやつらの糧になればと学区を設立したのに!

ロイマン

能力向上スキルアップ機会チャンスだと捉えられないのか!?
どいつもこいつも勝手に辞めて金まで払わんとはどういう了見だ!

ミィシャ

まぁその……身勝手で我儘な冒険者達の中に
大人しく座って授業を聞くような人は少なかったんだろうなーと……

エイナ

皆が成長できるいい企画だと思ったんですけど……
こちらの想定以上に冒険者の皆さんは堪え性が無かったという結果に。

ロイマン

ぬううう……
この負債は全てギルドが受け持つのか……ふざけるな!

ロイマン

冒険者の馬鹿どもめが~~~~!!!

場面転換

レフィーヤ

……あ~、言われてみれば確かに。
途中から生徒は半分以下になってたかもしれません。

フィルヴィス

元々が試験的な運用だったとはいえ、
ここまでの結果はギルドも考えていなかったろう。

フィルヴィス

結果、何の付加価値も無い紙切れが一枚、
この世界に産み落とされるにとどまったわけだ。

レフィーヤ

紙きれなんかじゃありませんよ。

フィルヴィス

ん?

レフィーヤ

この『卒業証書』にはフィルヴィスさんとの大切な思い出が
いっぱい詰まってますから!

フィルヴィス

お前というやつは……。

フィルヴィス

さて、そろそろ行くか。

レフィーヤ

あれ? どっちに行くんですか?
本拠ホームは反対側ですよね?

フィルヴィス

……街の方に行けばまだ屋台のひとつやふたつあいているだろう。
下校時に買い食いしながら歩くのが楽しいんじゃなかったのか?

レフィーヤ

え……?

フィルヴィス

最終日くらい付き合ってやる。
これが『アオハル』というやつなんだろう?

レフィーヤ

フィルヴィスさ~~~~ん!!

フィルヴィス

おい! くっつくな、バカ!

レフィーヤ

――フィルヴィスさん!

レフィーヤ

私達ふたりは何があっても『ズッ友』ですからねー!

フィルヴィス

また私が知らない言葉を……
なんだそれは? どういう意味なんだ?

レフィーヤ

あっ、早く行かないと閉まっちゃう!
あっちにおいしいクレープの屋台があるんですよ~!

フィルヴィス

おい待て! 置いていくな、レフィーヤ!

END

/ 8話

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